認知症ケアに携わる職員は、
日々、変化の連続に向き合いながら、
ご利用者一人ひとりの尊厳を守ろうと、まっすぐに歩んでいます。
けれど――
どれだけ丁寧に支援しても、思い通りにいかない瞬間がある。
誤解されることもある。
そして、誰にもわかってもらえない気がして、
心がふっと折れそうになることもあります。
そんなとき、
「感情にふたをして、ただ耐える」だけでは、
いつか限界が訪れてしまいます。
この記事では、
つらい感情を無かったことにせず、
やさしく受け止めて整理する方法と、
少し立ち止まって振り返る時間のつくり方
をまとめました。
心をリセットしながら、
またあの人のケアに向き合っていけるように――
そんな視点とヒントを、そっとお届けします。
認知症ケアに向き合う日々のなかで
認知症ケアに携わる職員は、
日々変わり続ける状況の中で柔軟に対応しながら、
ご利用者一人ひとりの尊厳を守ろうと尽くしています。
それは、簡単なことではありません。
症状の変化は予測がつかず、
昨日まで通じていた声かけが、今日はまったく届かない。
そんな“思い通りにいかない場面”が積み重なると、
どんなプロフェッショナルでも、心がすり減ってしまうのです。
特に、以下のような要因が重なると、
知らず知らずのうちにストレスが蓄積されていきます。
- ご利用者の言動が急に変わり、対応策が見えなくなる
- 同じ説明を何度も繰り返すうちに、気力が消耗していく
- ご家族やスタッフの理解が得られず、孤立感が強まる
- 業務量やシフトが過密で、休む時間さえ確保できない
こうした負荷が重なったとき、

「今日もダメだった気がする」
「誰にも、このしんどさは伝わらない」
そんな思いに覆われてしまうこともあるでしょう。
責任感やプロ意識の高さが、
時に自分自身を追い詰めてしまうこともあるのです。
だからこそ――
専門性を支えながらも、
“自分の心”をリセットできる方法を持っておくことが、
このケアを続けていく力になります。
うまくいかない場面に、心が折れそうになるとき
認知症ケアでは、
一生懸命に向き合っても、思うようにいかない瞬間が何度も訪れます。
たとえば――
時間をかけて丁寧に説明したのに、不安が強まってしまう。
何度伝えても、指示がうまく伝わらず、また最初からやり直しになる。
そのたびに、



「自分の対応は間違っていたのかもしれない」
「どうすればよかったんだろう」
と、心が大きく揺さぶられてしまうことがあります。
- 症状の急変で、慣れた介助方法が通用しない
→ 焦りや無力感を感じやすい - 行動・心理症状(BPSD)が激しくなる
→ 制限するかどうか葛藤し、苦しさが残る - 他職種や家族との連携がうまくいかない
→ 情報が噛み合わず、孤立感が深まる - 同じケア計画を何度も修正し続ける
→ 改善が見えず、自己否定につながりやすい
どれも、プロ意識を持って取り組んでいるからこそぶつかる壁。
ですが、このような場面こそ――
「一過性の失敗」としていったん外に出してみることが大切です。
原因を丁寧に切り分けていけば、
次の対応のヒントが見えてくることもあります。
「失敗」ではなく、
「経験」として蓄積していく視点を持てるようになると、
少しずつ、心の折れにくさが育っていきます。
「わかってもらえない」つらさ
認知症ケアでは、ご利用者だけでなく、
ご家族・多職種のスタッフとの連携が欠かせません。
でも現場では、どんなに丁寧に意図を説明しても――



「本当の苦労が伝わらない」
「わかってもらえない」
そんな、胸の奥がキュッと縮こまるような感覚に、何度もぶつかることがあります。
- ご家族が、現場の事情と異なる要望を強く求めてくる
→ 方針のすれ違いに戸惑いが生まれる - 同僚に相談しても、否定的に受け取られてしまう
→ 信頼していたぶん、ショックも大きくなる - 上司が結果だけを求め、現場の背景を見てもらえない
→ 頑張りが軽く扱われたように感じる - 他職種との連携が追いつかず、場当たり的なケアになる
→ 「このままで大丈夫?」という不安が積もる
こうした状況が続くと、
孤立感や不信感が、じわじわと心に積もっていきます。
でも本来、チームケアは「ひとりで抱えないため」の仕組みのはず。
だからこそ、
小さな声も拾い上げられる風通しのよい職場文化や、
“伝わる仕組み”をつくることが、とても大切です。
- 気軽に相談できるミーティングの時間
- 感情も含めて共有できる報告スタイル
- 「聞いてくれてありがとう」と言い合える空気感
そうした日々の土壌が、
「わかってもらえない」というつらさを、少しずつほぐしてくれます。
心が疲れたときに、できること
認知症ケアは、日々の積み重ね。
ときに、知らないうちに心のエネルギーがすり減ってしまうこともあります。



「気づいたら、ため息ばかりついている」
「やる気が出ないのに、無理して動いてしまう」
そんな自分に、ふと気づいたとき――
それは、心が休みを欲しがっているサインかもしれません。
心が疲れたまま無理を続けてしまうと、
判断力やケアの質にも影響が出てしまい、
自分自身も、ご利用者も、守りきれなくなることがあります。
だからこそ、定期的なセルフケアは、
“わがまま”ではなく“支援を続けるための力”なのです。
- 意識的に短い休憩をとり、深呼吸やストレッチで体をゆるめる
- 日記やメモに感情を書き出し、自分の状態を“見える化”する
- 信頼できる同僚や先輩に、悩みやちいさな達成を共有する
- 学びを続けて“できるようになったこと”に目を向ける
こうした小さなリセット習慣を、
日々のルーティンにそっと組み込んでいくだけで、
少しずつ、心の回復力が戻ってきます。
「ちゃんと休むこと」も、プロの技術のひとつ。
どうか、自分の心もケアする時間を、
日々のなかに用意してあげてくださいね。
感情に、ふたをしない
認知症ケアの現場で働く中で、
ときに私たちは、自分の気持ちに“ふた”をしてしまいます。
つらい。悔しい。悲しい――
そんな感情が湧いてきても、



「今は言ってはいけない」
「感じたら弱いと思われるかも」
と押し込めて、
ただ前だけを向こうとする。
でも、感情にふたをするという行為は、
あとから大きなストレス反動として返ってくることもあります。
感情は、無かったことにするのではなく、
そっと名前をつけて、やさしく見つめること。
それが、自分を守りながら支援を続けるための第一歩になります。
- 書き出しメソッド
頭の中の思考や感情を紙に書き出して、いったん“外に出す” - 感情ラベル付け
今感じているものに名前をつけてみる(例:「悔しい」「情けない」「焦っている」) - 身体感覚に目を向ける
胸のつかえ、喉の詰まり、肩の緊張など、体の反応から気持ちを感じ取る - 共感セッション
信頼できる同僚や専門家との対話で、感情を“言葉”にして整理していく
感情は、押し込めるものではなく、
やりがいや誇りに変えていける“原動力”にもなります。



「感じることを、怖がらなくていい」
そう思えるようになったとき、
認知症ケアに向き合う力は、もう一段、深くしなやかなものになっていくはずです。
少し離れて、“思い出す”時間を持つ
ケアがうまくいかないと感じたとき。
心がざわついて、呼吸が浅くなるような日。
そんなときこそ、あえて少しだけ介護現場から距離を置く時間が必要かもしれません。
目の前の業務からほんの少しだけ離れ、
ご利用者の“これまでの人生”に思いをはせる時間をつくってみてください。
- ご利用者の若い頃の写真や趣味の記録を見返してみる
- ご家族から聞いたエピソードをメモして、静かに振り返る
- ほんの短い散歩時間に、「どんな景色を見てきた人なんだろう」と想像してみる
- 同僚と「こんなことがあったよね」と、あたたかいエピソードを交換する
そんな“思い出す”時間を持つことで、



「この方のケアに、もう一度丁寧に向き合いたい」
そう感じられる瞬間が、そっと心に灯ることがあります。
その人の“らしさ”を再確認することで、
介護の動機づけがふたたび立ち上がり、
BPSD(行動・心理症状)への理解も、
やさしさを伴って深まっていきます。
日常に追われて見えなくなっていたものは、
少し離れてみることで、また静かに見えてくる。
定期的に“思い出す”習慣は、あなたのケアに温度を取り戻す時間になります。
そしてそれは、ご利用者にとっての“安心”にもつながっていくはずです。
リセットする“視点”を持つ
心が疲れたとき、現場がうまく回らないとき――
その原因は、実は「やり方」よりも「見え方」にあるのかもしれません。
同じ場面も、同じ人も、
“視点”が変われば、見える景色が変わってきます。
だからこそ、
ときには意識して、これまでのやり方や常識から少し離れてみること。
それが、心にも現場にも“新しい風”を吹き込むきっかけになります。
- プレゼン資料や報告書を“逆側”から読み返してみる
→ 利用者や家族目線での気づきが見えてくる - 職員役・利用者役を交代して模擬体験をしてみる
→ 言葉の重さやタイミングのズレに気づくことも - 第三者の気持ちを想像して“仮ストーリー”を描いてみる
→ ご家族・他職種の背景理解が深まる - 日々のルーティンをホワイトボードで“見える化”してみる
→ 当たり前になっていた手順に、新たな改善点が見つかる
こうした小さな“視点のずらし”は、
思い込みやルーティンによる思考の硬直から私たちをやさしく解放してくれます。
そして、
ケアの連続性を損なわずに柔軟に軌道修正する力
つまり、“しなやかに支援を続ける力”が養われていきます。
定期的にこの「リセット視点」を取り入れてみることで、
現場の空気も、職員の心も、少しずつほぐれていくかもしれません。
その人の“人生”に、寄り添うということ
ケアとは、ただの介助や対応ではありません。
それは、“その人の人生の続きに、そっと立ち会うこと”。
ご利用者一人ひとりが歩んできた時間には、
その人らしさ、価値観、習慣、誇り――
数えきれない「物語」が刻まれています。
その物語に、耳を傾けること。
その流れを止めないように、
そっと寄り添い続けること。
それが、真のケアに必要な“まなざし”かもしれません。
- 家族構成や職業歴、趣味・嗜好を把握する
→ どんな人生を歩んできた方なのかを、丁寧に知る - 生活リズムや習慣を、できる限りプランに反映する
→ “その人の日常”に近い暮らしを支える - 懐かしい音楽・香り・風景を取り入れて、安心感を届ける
→ 感覚の記憶が、“自分らしさ”を呼び覚ますきっかけに - 個別のエピソードを、声かけや関わりにさりげなく織り込む
→「私のことを覚えてくれている」感覚が、信頼を育む
こうした関わりのなかで、ご利用者のアイデンティティ(自分らしさ)が守られ、
小さな“できた”や“伝わった”が積み重なることで、
自己肯定感がゆっくりと息を吹き返していきます。
そして職員側もまた――
ただの“業務”ではなく、“意味のある時間”として関わることができる。
それはやがて、
チーム全体のモチベーションや温度感にも、静かに影響を与えていくはずです。
ケアに、“完璧”を求めすぎないために
私たちは日々、
ご利用者の安心や笑顔のために、できる限りのことを尽くそうとしています。
でも――



「全部ちゃんとやらなきゃ」
「絶対に失敗してはいけない」
そんな“完璧”を目指しすぎることが、
かえって心をすり減らす原因になることもあります。
プロフェッショナルであることと、
完璧であろうとしすぎることは、違ってもいいのです。
- 目標は“80点”でOK。改善の余白を大切にする
- 小さな成功体験をメモに残して、「ちゃんとできた日」を見える化する
- ミスやトラブルも“学び”として整理し、次回への準備に変える
- あらかじめ「休む日」「心を戻す日」をスケジュールに入れておく
完璧を手放すことは、無責任になることではありません。
むしろ――
柔軟に、長く、支え続けていくための選択なのです。
職場全体でも、「がんばりすぎない」文化が育まれたとき、
安心して相談できる空気が生まれ、
チーム全体のケアの質と持続力が、ゆるやかに安定していきます。
まとめ|心をリセットして、またケアに向き合うために
認知症ケアを続けるなかで、
ふと感じる孤独感や無力感。
それは、決して“弱さ”ではなく、
ご利用者にまっすぐ向き合ってきた証でもあります。
感情にふたをせず、
ときには少し離れて見つめ直す。
その人の人生に思いをはせて、
「どう関わっていきたいか」をもう一度思い出してみる。
それはきっと、
“やり直し”ではなく、“やさしい再出発”。
そして――
すべてを完璧にこなそうとするのではなく、



「80点でもいい」
「今日の自分をねぎらっていい」
そう思える心の余白こそが、
このケアを“続けていく力”になります。
本記事でお伝えした視点や小さな工夫が、
あなたの毎日の支援にそっと寄り添い、
必要なときに“心をリセットできる力”となりますように。
どうか今日も、あなた自身が守られながら、
また、誰かのそばに立ち続けられますように。
よくある質問(Q&A)
Q1:認知症ケアでうまくいかないとき、自分を責めてしまいます。
A1. 「できなかった」「伝わらなかった」と感じる瞬間は、誰にでもあります。
それは“失敗”ではなく、“関わろうとした証”です。
本記事で紹介したように、一歩引いて振り返ったり、感情を言葉にしたりすることで、次の支援に繋げることができます。
Q2:「わかってもらえない」と感じたとき、どう対処すればいいですか?
A2. その感情はとても自然です。
孤立感を抱えたままにせず、信頼できる同僚と悩みを共有したり、小さな声を拾い上げる職場の工夫を提案してみましょう。
“伝える仕組み”を持つことで、つらさは少しずつほどけていきます。
Q3:感情を押し込めないと、仕事にならない気がします…
A3. 感情を抑えるのではなく、“整える”ことが大切です。
「書き出す」「名前をつける」「誰かに話す」などの方法で、感情と適切な距離を取ることができます。
そのプロセスが、感情をケアの原動力へと変えていきます。
Q4:日々の業務で自分を見失いそうなとき、どうすれば?
A4. 「少し離れて“思い出す”時間」をつくるのがおすすめです。
利用者の人生にふれなおしたり、同僚とエピソードを共有することで、「この方のために支援したい」という気持ちが静かに戻ってきます。
Q5:完璧を目指すことが、つらくなってしまいます。
A5. 完璧でなくても、大丈夫です。
“80点でいい”という基準を持つことで、ケアはもっと柔軟で持続可能になります。
小さな成功を見つけて記録し、自分を褒めてあげることも大切な技術です。
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このブログを書いている「まきこむ」と申します。
介護支援専門員(ケアマネジャー)として働きながら、趣味で創作活動も楽しんでいます。
介護にまつわる悩みや、日々の気づき、そして「やさしい未来を一緒に歩むためのヒント」を、このブログにそっと詰め込んでいます。
読んでくださった方の心が、少しでも軽くなるように。そんな思いを込めて、言葉を紡いでいます。
どうぞ、ゆっくりと遊びにきてくださいね。


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